北折一ブログ

2018年12月13日

がっかいがっかり…?その2

そんなに引っ張ったつもりは無かったんですが、「めちゃ気になる」というお声をいくつもいただいてしまいました。いやー、すみませんです。m(__)m 別にそこまですごい話でもないので、かえって書きづらくなっちゃいました。
一気に書いちゃうと書いてるうちに興奮度が増しそうで、一呼吸置きたかったのと、お酒の時間が来ちゃったから、というのが重なったために、前回はあそこでパソコンを閉じたというだけの話です。引っ張った割には「何だよそれだけのことかよ」って思われちゃうような、だったら一気に書いといた方がよかったよなあ。。。なレベルの話です。すみません。

あ、予告しておいた「すごーくうれしかったぴちぴちの話」から書きますね。
なんとね、「幼少期からめちゃくちゃガッテンファンで、毎週全部家族で『ぎゃんぎゃん言いながら』見てたんです〜」とおっしゃる女子学生さんがいたんですよ〜。
年長さんくらいからテレビの記憶があるとして、2002、3年くらいからですかねー。ガッテンが高視聴率高内容番組の不動の地位を獲得していった時期に重なります。「ぎゃんぎゃん言いながら」がいいですねえ。理想としていた視聴形態で、ホントありがたすぎです。この年代層は、親の世代が見たり見なかったりなので、「一度も見たことがない・知らない」子もけっこういますからね。ぼくの話を聴いて、「これだけでも徳島から来た甲斐がありました〜」ですって。そりゃ、おじさんの方こそでごじゃりますよ〜。ごめんね〜、最近ますますジジババ番組になっちゃってて。

とかいうのはさておいて、避けては通れない本題。
あのね。
まれに手違いが起きるのですよ。確認ミスと言うやつですね。今回は昔からのお知り合いで尚且つ何年も前からご依頼いただいてましたので、ちと疎かになっちゃったんでしょうねえ。しかも学会ですからね。ぼくの経験上は、学会においては過去も一度もダメだったことはないんですよ、本の販売。
本の販売に関しては、単純明快。許可されなければ行きませんというルールにしています。学校の授業の場合を除いて、「例外なし」です。
何度かブログにも書きましたんで簡単にしか書きませんが、話を聴かれた方が、せっかく「本を買ってまでもっと学ぼうと思う気持ちを持った」ことを大事にできない主催者のところには、行きたくないからです。「会場が禁止している」とか、理由になりません。今どきそんなルールの会場はめったにないんで、ほかの会場を選べばよいだけの話です。
これもブログに書いてるので詳しく書きませんが、決して売りたいわけではありません。買いたくなった気持ちを大事にしたいのです。それでしかありません。赤字だしめちゃ手間だし。

今回は12月1日(土)が本番でしたが、その週の月曜の遅い時間に本の販売ができないことがわかり、「だとすると行けません。直前なのにすみません」とお伝えせざるを得ませんでした。
大会長が住田先生なので、マジ胴体がねじ切れそうなくらいの気持ちでしたが、それはたまたま住田先生だったからで、そうでなければごく淡々と「じゃあさいなら」でしかありません。「楽しみにしていたお客さんに申し訳ない」気持ちは、誰にも想像がつかないくらいありますが、過去に同じ理由でお断りしたところがある以上、その人たちに失礼なので、簡単にルールを変えるわけにはいかないのです。
まあでもそれなら「残念」とか「申し訳ない」だけのはず。「がっかり」という言葉を使うほどなのか、ですよね。
はい。ホントにがっかりだったのは、本の販売ができない「理由」だったのです。
だって、「よりよい教育とは」を語り合い学び合い、高みを目指すのが目的で集まる人々なのですよ。「面倒が起こると困っちゃうからさあ」とばかりに、本気で学びたい人たちの思いに対して、「そんなの、どーでもいいんじゃない?」な感じなんですよ。学会本部が。
あ、すみません。断定しちゃいましたが、そうとしか到底思えない態度ということです。日本学校保健学会のえらい人たちは。「講師の本を買いたい?本気で買いたいなら、Amazonでも何でも自分で調べりゃいいだろが」と言ってるに等しい状態。それ、なんなの?
ただでさえ学校保健という、ほかに比べたらめちゃ曖昧でつかみどころのない教科ですよ。かかるかどうかもわからない将来の病気を防ぐために頑張りましょう、身体の仕組みを知っておきましょうという、病気世代の大人でさえちゃんと知ろうとしない分野で、「前向きな気持ち」にさせるのが極めて難しいことは、学問的に研究しなくたってわかるレベル。だからこそ、「少しでも学ばなきゃ」と全国から集まってくる研究者や現場の先生方の心の中に、「この先生から学びたい」という気持ちが起こった瞬間に、それをサポートするのは当たり前の話でしょうが。
しかも研究者の集まりなんだから。「前向きな気持ち」は、ふとしたことで消えちゃうことも痛いほどわかってるはずなのに、「家に帰ってからAmazonで調べりゃいいんじゃない?」という放置プレーを、「しょーがないんじゃない?」って、何なんだよそれレベルです。少しも聴講者に寄り添う心が無い。「鉄は熱いうちに打て」って、教育者の間の格言でしょーが。
そーなった理由が、「立場・事情」なのですわ。極めて内向きな論理。
「無制限にすると、たくさんの出版社がひしめき合って、収拾がつかない」のは理解できます。だからといって、高額な出店料を吹っかけて、金を払うことができた業者だけを入れる。そうじゃない本は、金を払えなかった業者に申し訳が立たないから、たとえ講師本人であっても持ち込み販売は禁止ってさ。「弁当作りたくない親からクレーム来るとイヤだから運動会は午前中だけね」の世界と、まったく同じレベルじゃん。学会なのに!!もうがっかりもいいとこです。
そーゆーの、ぼくは許さないのです。長いものに巻かれたりはしません。だからこんなスライドまで用意して、ぶちまけたのです。「おかしくないですか?」と。
20181212_152421.jpg
20181212_152433.jpg
ちときつい感じですね、今見ても。大会長講演の直後、えらい人もたくさん残ってると見越したからこそです。ぼくは主催者の手先じゃなく、聴講者の味方なんですもん。黙ってりゃすむとは思いません。可能な限り寄り添うのは当たり前のことなんで。

…ところでみなさん、気づきましたよね。
「だったら行きません」とか言ってた北折が、出かけて行ってしゃべった上に、本を112冊売ったとか書いてたじゃんと。
はい。おかげさまで、住田先生に無理やり頑張っていただいてしまいました。出店していた出版社にお願いして、スペースを確保していただいた上に販売そのものもその出版社にお手伝いいただけることになりました。
ただ、ぼく自身は、その解決法は違うと思いました。
一業者にだけ負担をかけて、学会は知らん顔というのはおかしいでしょ。
でも住田先生だったから、受諾しました。住田先生は、ぼくだけじゃなく他の講師の方の本も販売できるように手配して、聴講者が本に出会えるようにくださってました。「やはりおかしい」とわかってくださってたということです。
北折が「ドタキャン」をネタに脅して販売をゴリ押ししただけ、と思われちゃうかもしれませんね。そーまでして本を売りたいのかよと。でも、それがいやなら誰がブログになんて書くかいです。ぼくは、考えていただきたいのです、学会の人に。そして似たケースを引き起こしてる人たち(&巻き込まれてる人たち)に。
一冊の本との出会いは、本当に人を、世の中を変えることがある。教育者がそれを大切に思う思わないって、どうなのかを。

寄り添うフリではなく寄り添う。先生側にではなく、生徒の側に。
奇しくも、今回の大会テーマは「子どもの生活認識に寄り添う保健教育と学校保健」なのです。
そのためのプロなんだから、やって当たり前。業者殺到して困るなら、それをどうさばくかを、お客さんに寄り添って考える。やって当たり前すぎ。
じゃ、「販売ができないなら講演をドタキャンする」のは、寄り添ってないんじゃないか?という議論もありますよね。当然すぎるほど当然なのですが、ぼくはそこでめちゃ自分を板挟みにして苦しんでいます。もう10日も経つのに今だって。
学会のえらい人にわかってもらって、受講者の利便性を優先するように変わってもらうには、ドタキャンしといたほうがよかったかもなと、いまだに悩んでます。だからこのおもしろくもないブログを書いてるワケです。

長くてごめんなさいね。最後に、「さらにがっかりしたこと」だけ書いて終わりますからね。
なんとね、見ちゃったのですよ。来年の学会の担当者なのかな、ぼくの本を置いてくれた出版社のところに来て、
「まあ、そーゆーわけでごめんね、来年は一切売れないから。」ですって。「見本だけ展示できるんで、それで勘弁して。」なんですと。もう、開いた口がふさがらんかったですよ、ぼくは。
ごめんねを言う相手は、業者じゃなくて聴講者でしょーが!!というのもあるんだけど、「そーゆーことなんでよろしく」程度の認識しか持っていないことに、ぼくは日本の教育学のトップクラスの人たちの認識の低さに心からガックリ来ました。見てたからわかったはずでしょ、本のブースにいかに人が殺到して我先にと本を求めていたか、その人たちの顔がいかに輝いていたか。そんなのもわからん人たちが教育のトップ…。そんな人が考える来年の学会プログラムが果たしてなんぼのものかと暗澹たる気持ちです。
まあぼくは二度と呼んではもらえないでしょうから関係ないんですが、今言えるぼくの希望はひとつです。
聴講者利益を優先させる発想を持たないまま販売禁止の会場を選んじゃったせめてもの償いとして、来年は是非、各講座の講師の部屋での「こっそり販売」を黙認するようにと。(バレちゃって叱られたら幹部が謝まればよい話。それで出入り禁止になったら、その会場を選んだ者の責任だと認識すべし。)

ぜひ真剣に考えてくださいね、日本学校保健学会の上層部の皆さん。
posted by kitaori at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年12月04日

がっかいがっかり…?その1

はじめにお断りしておきますが、とってもいい学会でしたよ、本当に。
素晴らしかったです。なのに、がっかりもあったのです。
「よりよい教育とは」を語り合い学び合う場なのに、なんなの?と思っちゃうような。

日本中から保健教育と保健教育「学」の専門家が集まる、日本学校保健学会の学術総会。
その第65回は12月1〜2日、ぼくの大好きな大分で開かれました。大会長は、やはりぼくの大好きな大分大学の住田教授です。
なんとぼくがガッテンを始めるよりもはるか前から、NHKの番組がいかに子どもたちへの教育に効果が高いかにちゃんと着目され、使えそうなあらゆる番組をチェックし、正規のルートを経て画像や動画をゲットして教材を作り、小中高校の先生が使いやすいようにアレンジをしてくださってた、神様のような人です。
なのに、ぼくが大分県内に講演に行った際にはわざわざ聴きに来てくださった上に、送迎までしてくださる、めちゃ気さくで、しかもかわいいところのある大御所さんなのです。
直接は確認していませんが、住田教授は、この学会そのものにも新しい風を吹かせなければダメだという意識がとても高かったことと思います。その思いが強すぎて気持ちが焦ったのか、なんとオープニング記念の大会長講演を、間違えて10分早く始めちゃって、しかもあり得ないことに「座長」の登壇もすっ飛ばして(こうした学会では、ひとつひとつの講座ごとに必ず「座長」という立場のえらい人がいて、演者を紹介して始める習わしになっています)、1人でしゃべり始めるという大失態。途中で客席から声がかかり係員が話を中断して座長登壇という、たぶん過去日本国内では一度も無いようなことをしでかしちゃったりするほどの、「並々ならぬ決意」だったと、ぼくは解釈しています(マジかわいかったです、事態を把握したその瞬間)。
今回の学会の「新しい風」、を象徴するような写真がこれ。
学校保健学会の3人.jpg
なんと10年前に、ガッテンのスタジオに見学に来てくださった、当時岡山大学歯学部の岡崎先生と、兵庫県立大学の永井先生。この3人ともが、学術大会の登壇者なんですよ。ありえます?10年前のガッテンスタジオ3ショットが学術大会そろい踏み!!
しかも、このほかに、西日本新聞社の超名物編集委員で、やはり大好きな佐藤弘さん。そして、NHKからはもうひとり、ガッテンの後輩だった市川ディレクターも。
「同一分野の専門家だけの視点では教育も研究もダメになる」、というめちゃ明確なメッセージですね。
当然のことながら、「やっぱマスコミ人はチャラいよね」という評価で住田教授の名誉を傷つけてはいけませんので、ちゃんと品格を保ったまま(?)、教授につけていただいた「健康番組制作の〈眼〉からみる健康教育に求められる発想」というカッチリしたタイトル通りの内容で、ギャグ満載でお話しさせていただきました。
20181201_171647.jpg
(すみません、ぼく自分の写真撮らないので、誰かに送ってもらわないとありません。写真は、佐藤弘記者の時にぼくが撮ったものです。)
280部刷った配布資料が全然足りなかったそうなので、ゆうに300人を超える方々にも、おかげさまで大ウケでした。たぶん当学会史上初の会場いっぱいの笑い声の連続。
用意されてたぼくの著書112冊が、ホントあっという間に完売!!(まだ30〜40冊は行けたと思います。買えなかった人ごめんなさいm(__)m)でしたからね。集まられた方々にとっても、しっかり役立つお話ができたと思います。

…ではあったのですが。。。。

やはりたぶん、当学会始まって以来だと思います。わざわざ「それ用」のスライドまで作って、最後から2枚目のところで、ぼくはこの学会に対する批判の言葉を、ぶちまけました。
しかも、オープニングの大会長記念講演直後の、特別講演(1)で、大会長自らが座長を務めてくださってる、そんな場で。
さて、その中身とはいったい!?
そしてその後に気づいてしまった、さらにガッカリしちゃったこととは?
…続きは、少し落ち着いてから書きますねー。
あ、すご〜くうれしかった、ぴちぴちなネタもあります。
posted by kitaori at 22:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月30日

「カツヤマサヒコさんの思い出」

不思議なご縁で、神戸のサンテレビという小さなテレビ会社の対談番組に、
呼んでいただきました。
2015年のことでした。
過去、あの「獺祭」の現社長さんの結婚式でお見かけしてましたが、そのときはご挨拶したわけでもなく、この収録の本番が、初めて。(打ち合わせもない番組だったんですよ。)
それまでは特に好きなお方ではなかったのですが、お話ししてみると楽しいし気づかいもしっかりされるし、とってもかわいい方でした。
お酒を飲みながらの番組で、ぼくもけっこう飲んじゃいました。
(※カツヤマサヒコshowという番組です。検索すると見られますが、著作権を大事にしないといけない仕事をしていたので、貼り付けたい気持ちを押さえておきます。)

勝谷さんにとっても楽しかったようで、スタジオ収録後に飲食店のロケ(番組中に出て来るパート)に一緒に行きませんかと誘っていただきました。
楽しかったですねー。NHKを辞めてテレビの現場とは離れていたので、懐かしくもあり。
撮影が進む裏側で、2軒のお店でずっと飲ませていただき、ちょっとした空き時間にもいろいろお話ししました。そしたらなんと偶然にもお互い翌日博多に行くことがわかり、博多でも一緒に飲むことに。
「浴びるように飲んでた」と言われてますが、楽しくてよいお酒でしたよー。
地元の尼崎近辺のお店もとても大切にされてましたねー。また美味しそうに食べるんですよね、ホントに。
お酒だけで命を落とすほど肝臓を壊す人は、実はそれほど多くはないと言われています。
勝谷さんの場合がどうだったのかはわかりませんが、いずれにしても長年の蓄積はあったということなのでしょう。
もっと会いたかったなー。

「酒で死ぬんなら、本望だ」くらいのことをカッコつけて言ってしまうと、いざ体を壊し始めても、「見っともないから飲み続ける」心理が働く人も多いと思います。でも、それでますます体悪くする方が、何万倍も見っともないからね。
(タバコも同じです。)
まあね、やるときはやっちまいますからね、ぼくも。
つい最近も顔から血を流したりしちゃいましたが、でもかつてよりは、そーとー酒量は減ってます。

ぼくより3年しか余分にお酒を飲めなかった勝谷さん。
そのことも含めて、鮮烈な思い出を残してくれたことに心から感謝して、これからはもっと美味しく、もっと大切に、お酒とお付き合いするようにしたいと思います。
じゃ今夜は、薄手の湯飲み茶わんに2杯だけということで。

ありがとうございました、勝谷さん。
posted by kitaori at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記